その日、あたしはいつものように、窓辺に群がる鳥のさえずりで目を覚ました。
 カーテンのない窓からさんさんと陽光がさしこみ、眠いまぶたをこじあける。
 粗末なベッドから起き上がってそっと窓をあけると、温かい風が肌を撫でていった。これは絶好の洗濯日和だ。

 隣で眠っている妹二人を起こさないようにベッドを降りて、洗濯物が山盛りに盛られたカゴを持ちあげ外に出る。少し行儀が悪いけれど誰も見てはいないから、お尻で家の扉を閉めたそのときだ。ガラガラと大きな音を立てて、見たこともないような豪華な馬車が家の前にやってきたのは。

 後で思えば、それは悪魔の足音だったのだろう。けれど、そのときのあたしにはぽかんと口をあけて、そのきらびやかな馬車にみとれることしかできなかった。王都の貴族が観光にでも来たのかとぼんやり考えていると、何故か馬車はあたしの前で止まった。
 息をすることも忘れて立ち竦むあたしの前で馬車の戸が開き、その中から現れたのはこれまたため息が出るほどきらびやかで、この世のものとは思えないほど美しい男の人だった。

 月より煌めくプラチナブロンド。星より輝く金の瞳。昔都で見た陶磁器より滑らかな肌を贅沢な衣装に包んだその男の人は、あたしをその眩しい瞳に映すと、にこっと笑ってこう言ったのだ。

「お迎えに上がりましたよ、わが姫」

 洗濯カゴが、ぼとりと落ちた。


「お母さん! お母さん!! お母さん!!!」

 仰天して家の中へ駆け戻ったあたしは、迷子の子どもの如くお母さんを連呼した。布を織りながら、そのまま寝てしまったのであろう母が、織り機の前でびくっと体を震わせる。

「……なあに、ラナ。どうかしたの。天からお金でも降ってきた?」
「そんな馬鹿なことあるわけない! 表に変な人がいるの!」

 あたしの勢いに目を白黒させているお母さんを引っ張って、家の外へと連れ出そうとする。けれど幸か不幸か――いえ、圧倒的に不幸なことに、その必要はなかったのだ。
 そのきらきらの人物は、勝手に家の中に入ってきていた。馬車の音とあたしの声で起き出した兄弟達に取り巻かれて、きらきらさんは、きらきらと笑顔を振りまいていた。

「わぁー、きらきら!」
「きらきら、きれい!!」

 一番幼い妹と、二番目に小さい弟が、二人してきらきらを連呼している。

「ははは、きれいかい?」
「きれい、髪さわりたい!」
「触ってもいいけど、引っ張っては駄目だぞ。禿げてしまったら我が姫に嫌われてしまうからな」

 そんな会話を聞いて、気が遠くなった。わがひめ、とはいったい何のことだろう。ああ、人違いをしているのかもしれない。でも、どうやったらこんな田舎の貧乏娘をどこぞの姫様と間違えられるのやら。
 あたしはくすんだ茶髪と澱んだ灰色の瞳しか持ってないし、顔だって月並みだ。毎日の水仕事で手はがさがさだし、服だってつぎはぎだらけ。父さんが死んでから、八人の兄弟と母さんとで懸命に生きているのだ。見てくれなんか気にしている暇はないのである。そんなあたしを姫だのなんだの言うなら、よほどその金の瞳は節穴なのだろう。
 などとつらつら考えていると、突然お母さんががくっと崩れ落ちた。そうよね、あたしだって卒倒しそうなんだから、と心配してお母さんを覗きこむと、突然そのお母さんにぐいっと腕を掴まれた。

「馬鹿っ! はやく膝を着きなさい! エルレオン王子殿下よ!」
「へ?」

 母さんに引っ張られてこけながら、間の抜けた声があたしの唇から滑って落ちた。



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